札幌市立伏見中学校/前田中学校/柏丘中学校いじめ自殺・札幌市教育委員会の場合
(PTA組織の解体・余話
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PTA組織の解体7-余話4-12

■札幌市PTA組織の解体1-序-1【札幌市PTA協議会会長への公開質問状(1)】


PTA組織の解体7-余話4-12

「いじめ自殺・札幌市教育委員会の場合〜札幌市の官製談合」


 もう一つ政令都市の教育委員に関して問題を感ずることがある。
 政令指定都市の教育委員会の中には「PTA役員(仙台市、横浜市)とPTA協議会会長経験者(北
九州市)」という略歴を公表しているところがある。
 教育委員には「保護者が含まれなければならない」と「教育委員会法」にはあるが、PTAに所属しない保護者も存在する(これからは多くなると考えられる)わけで、「PTAを経歴(略歴)に記載する保護者」を一般的な保護者とすることには無理がある。


 「〜シングルパパは元PTA会長〜ブログ記事にも
「世間の目でいうなら市P協役員が保護者の代表などと誰もが思っておりません!!」とあり、「教育委員会法」にある「保護」に「PTA関係者」を教育委員に置く教育委員会は「胡散臭い」のである。

【〜シングルパパは元PTA会長〜ブログ記事】
札幌市議会予算特別委員会にて「学校体罰への対応」

http://blog.livedoor.jp/moepapa516-pta/archives/54108305.html


 PTAは「社会教育」に包括される任意団体であり、その団体役員や上部組織の会長経験者が「公教育(小中学校・幼稚園)に直接的に関与する可能性」を感じて気持ちが悪い。
 また「保護者が含まれなければならない」と規定されているからと言って、札幌市教育委員:阿部夕子氏(平成24年10月11日就任)の職業欄にあるように、「保護者」では保護者の一人として「?」でしかない。
 阿部氏はれつきとした「株式会社Mammypro代表取締役」という肩書きがあり、多くの「子育てママからの支持(識見!)」を認められているではないか。
 札幌市教育委員の中で、最も相応しい唯一の人材だと感ずる。教育長が相変わらずの「添え物」であれば、再任して
「教育長職務代行(前制度での「教育委員長」)に就いていただいてはどうだろう。


 「保護者」はまだいいが、川崎市の教育委員に「団体役員」という略歴を載せている人がいるが、「宗教団体」なのか「暴力団体」なのかわからない。このような市民に疑問を抱かせる意味不明な略歴を記載するのはPTA上部組織の役員で、おそらく「(社会教育関係)団体役員」の略だろう。堂々と「PTA役員」とは書けなかった姑息な人格であり、市長も教育長も
「後ろめたいところのある任命」だと感じているのだろう。
 とにかく、PTA関係者を教育委員に任命していることは「PTA組織との関わりが深い教育委員会」と判断でき、自治体教育行政に「ウラ」を感じないわけにいかない。


 また「教育委員」は政治的・宗教的に中立であることが前提(法律にあるかどうかわからないが、保護者の一人として中立であってほしい)になっているたと記憶するが、浜松市の教育長は宗教家(僧侶)であり、新潟市には「住職」の肩書を持つ教育委員がいる。
 「教育委員会法」を見ると特に宗教家に関する条文は見当たらずユニークな抜擢とは思うが、教育委員会では「社会教育法」に関する職務もあるわけで、PTA(社会教育関係団体)との兼ね合いから社会教育法にある
「宗教的中立性」が担保されない危険性があるのではないか。


 おそらくお二人とも「宗教を超えての教育理念」をお持ちの方と推測したいが、児玉氏はご自分のブログに公教育の役職名「教育長」を使っていることから、教育委員会が「特定の宗教に偏向している可能性がある」と考えられたり、単に「社会的な名士(名物僧侶?)」だから教育長に推挙されたとも考えられ、教育的な見地での教育長推薦(承認)であったとは思えない。


【教育長:児玉一記氏のブログ】
http://zousenin.hamazo.tv/tag教育長%E3%80%80児玉一記


 政令都市教育委員会を調べていると「教育委員の果たすべき役割がなんであるのか」解らなくなり、さらにネット情報をググっているとこんなものがヒットした。

【教育委員会制度及び県費負担教職員制度の運用実態に関する調査】

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo1/003/gijiroku/04092701/001.htm


 けっこう古い調査報告書だが、拙解体珍書の初期にも記した「教育委員会廃止論」に対する具にもつかない文科省の調査報告書で、そこに色あせもしない教育委員の傾向を表した報告があった。
 文科省HPで公開されている、教育長に対する「教育委員会の役割」についての意識調査である。


1教育委員の選任過程
 形骸化論で意味されるものは広範にわたっているが、委員の選任過程に関わっていえば、教育委員の「名誉職化」として語られていること、すなわち、人選の形式化がその重要な構成要素になっていることはまちがいない。その批判の中心は以下のものである。
・教育問題への関心や問題解決への意欲、つまり、委員としての適格性とは関係なく、地域の名士としての条件を備えた人物が選ばれる。地域の名士である以上、一定の識見や手腕があることは事実であるが、それ以上のものではなく、住民代表としての職責への深い自覚も使命感もないままに、積極的な委員活動もせず、漫然と任期を過ごす委員が多い。
・そのために、首長から相対的に独立した政策決定機関としての教育委員会会議が、発                                                                            に議論が展開される政策フォーラムとなることはないし、合議体として機能せず、ひいては、常勤職で事務局長をかねる教育長に「ゲタを預ける」形で、そのリーダーシップに黙従している結果を生んでいる。このような状況は、教育委員が期待される本来の役割を果たしていない要因の一つとなっている。
・これは、首長が委員の選任に権限と責任を有しているにもかかわらず、それを、地域の教育問題の解決を左右するほどの意味を持つものとして認識せず、選挙の論功行賞や庁内のローテーション人事として利用するなど、情熱をもってかつ慎重に人選に取り組んでいないことが背景にある。


【3教育委員の役割】
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo1/003/gijiroku/04092701/001/006.htm


 ちょっと古い記事だが、具体的でわかりやすい日経新聞記事もある。


【教育委員会 どんな組織?――首長から独立、「専門家」の弊害も】
http://bizacademy.nikkei.co.jp/culture/nikkey/article.aspx?id=MMACc3000030082012&page=3


【藤沢市の教育委員長が辞意 中学生の長男「越境通学」で】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201510/CK2015100702000170.html


 教育委員会の「摩訶不思議さ」は書き続けるとキリがない。
 教育委員会は「いじめや自殺・不登校」の一つのきっかけにこそなれ、それらを解決できる組織にはなり得ないと結論して「札幌市の官製談合」へ移ることにする。(続)

PTA組織の解体